2020年2月19日水曜日

マリオ・パシャリッチの移籍に関する備忘録

 2月17日にGuardianから「マリオ・パシャリッチ、今シーズン終了後にアタランタへ完全移籍へ」という報道が出た。

Mario Pasalic is set to make a permanent move to Atalanta from Chelsea in the summer after the Italian side agreed to take up the €15m (£12.5m) option to buy the Croatian midfielder

 多くの海外サッカーファンは同じ感想を抱くだろう。「おっ、やっとパシャリッチがローン地獄から解放されるんだな」と。チェルシーファンですら同じことを思う人もいるのではないだろうか。

 だが、そう浅くない人も少なくないはずだ。移籍話に敏感なファンは、なぜアタランタが昨夏に買取オプションを行使しなかったのか疑問を抱いている。ディープに情報を追っているファンは、英国の労働許可制について知っている。

 パシャリッチのチェルシーでのキャリアは示唆に富む。そこで、チェルシーファンでありクロアチア代表ファンでもあるこのブログに、いくらかの備忘録を残すこととしたい。


昨夏の舞台裏


 まず前提として、パシャリッチは昨夏の移籍市場でアタランタに完全移籍するのが既定路線であった。昨夏、アタランタは1500万ユーロでの買取オプションを持っていた。CL出場権獲得に大きく貢献したパシャリッチを、アタランタが手元に留めておきたかったのは誰の目にも明らかであった。
 しかし、アタランタはパシャリッチを買い取らなかった。厳密には、買い取れなかった。CL出場報酬を加味しても、昨夏のアタランタにはパシャリッチを買い取るための1500万ユーロが捻出できなかったのだ。

 アタランタはまず1500万ユーロの代わりに、900万ユーロおよび次回移籍金の50%をチェルシーに譲渡するという完全移籍でのオファーを提示したが、チェルシーは拒否した。チェルシーが求めたのは確実な収入だった。
 そして、両者が話し合いの末にたどり着いたのが条件付きの1年のローン延長であった。まず、アタランタは追加でローン費用を払ううえに、買取OPの額は1500万ユーロで据え置き。さらに、アタランタが買取OPを行使しなかった場合、ペナルティーとして追加でチェルシーに200万ユーロを払うことになった。そして、アタランタが買取OPを行使しなかった万が一に備え、チェルシーはパシャリッチとの契約を2022年まで延長した。

 これが、大方の予想を覆しローン延長となったパシャリッチの2019年夏の舞台裏だ。チェルシーのビジネスに対する姿勢が色濃く見て取れるのではないだろうか。いまだ金満と揶揄する者もいるが、現在のチェルシーは、選手売却による収入を極めて重要視しているのだ。


労働許可をめぐる変遷


 パシャリッチがチェルシーでプレーすることを阻んだ最大の障壁、それは英国の労働許可制だ。EU外の国籍の選手は、英国でプレーするためには一定のA代表出場歴が必要である。しかし、クロアチアの中盤は小国ながら世界でも屈指の選手層を誇り、それが不運にもパシャリッチのチェルシーでのキャリアを阻んでしまった。
 2014年にA代表初招集を受けて以来、現時点でのパシャリッチのA代表キャップ数はわずか12試合。さらに公式戦に限れば、5試合しかも382分しか出場できていない。

 とはいえ、クロアチアは2013年にEU加盟を果たしている。では、なぜパシャリッチは労働許可が必要だったのか。
 それは、クロアチアのEU加盟において、移行期間として2020年までクロアチア国籍を持つ人の就労制限を継続することを認める、という条件が存在したためだ。実際に就労制限を継続するかどうかは各加盟国の判断に委ねられたが、歴史的にもフレンドリーで開放的と名高いグレートブリテン王国は、しっかりと就労制限を継続した。そのため、EU加盟後もクロアチア人選手は労働許可の取得が必要となっていたのだ。

Croatians may need a work permit in Austria, Malta, the Netherlands, Slovenia, the UK.

 さて、ここまではわりと知られた話なのだが、実は現在の状況はまた大きく変化している。2018年3月に、同年7月以降はクロアチア人の英国における就労制限を撤廃すると英国政府が発表したからだ。

The current registration requirements for Croatian workers will expire on 30 June bringing their rights to work in Britain in line with other EU citizens.

 これにより、クロアチア人はEEA(欧州経済領域)のシステムにより、今後イギリスで労働許可を申請することが不要になった。背景にはブレグジットがあり、EU離脱後の混乱を防ぐため、先立って2018年からブレグジット移行期間において、EEA規定に則りEU圏での就労制限が廃止されたためとされている。

 そのため、形式的には、パシャリッチは2018年からチェルシーの選手としてプレーすることは可能だったのだ。しかし、当時監督のサッリはよりスキルフルなMFを求めていたこと、パシャリッチ自身が完全移籍を見越した新天地を求めていたことから、2018年7月に買取OP付きでのアタランタへのローンが決定した。


 ちなみにこれは余談だが、ブレグジット後の労働許可のあり方を巡って、現在プレミアリーグとイングランドサッカー協会が絶賛殴り合い中である。
 現行ルールでの選手獲得ができる移籍市場は2020年夏が最後となる。そのため、現状ではルール上、2021年以降はEU圏の選手であっても厳格な労働許可基準を満たした選手しか獲得できないことになってしまう。
 先に断っておくが、現時点ではまだ何も決まっていない。PL側はブレグジット後も現行ルール(EU圏の選手であれば労働許可不要)の継続を求めている。しかし、なんと逆にFAは、ブレグジットに便乗して「25名の登録選手における外国人枠を17から13名まで減らす」プランを提案しているというのだ。つまり、外国人の移籍が厳しくなるのだから、ホームグロウン枠を増やし外国人の枠を減らせばいい、と言っているのである。

 クロアチア人選手は、再び英国で労働許可を求められることになるかもしれない。


チェルシーと契約した6年間を振り返って


 チェルシーが2014年にパシャリッチを獲得した移籍金は、たった300万ユーロ。そこから、エルチェ、モナコ、ミラン、スパルタク、アタランタへのローンで得た移籍金と、完全移籍時の1500万ユーロを合算すれば、約2000万ユーロは利益を得ることになる。投資としてみれば上々だ。

 椎間板ヘルニアによる長期離脱はあったが、パシャリッチはどこのローン先でもほぼ結果を出していた。だが、就労制限が撤廃された直前のシーズンが、最もインパクトを残せなかったロシアへのローンだったのは口惜しい。また、同時期にパシャリッチをチェルシーに連れてきたエメナロも去ってしまっていた。
 とはいえ、ミラン時代には完全移籍にも近づいていた。だが、当時のミランは買収問題に揺れており、全てが不安定でおかしな闇の時期だった。結局、そのまま買取交渉はその闇に消えた。別に、今のミランが闇じゃないかと聞かれたら返答に困るが。

 冒頭に書いたように、彼のキャリアをローン地獄と皮肉る一般ファンもいる。だが、パシャリッチに最も近い人間の1人、代理人であるマルコ・ナレティリッチはそう思っていない。彼は2019年10月のインタビューで「チェルシーはマリオをずっと、非常に手厚く世話してくれている」と語った。チェルシーは常にパシャリッチと連絡を取り続け、ローン巡回コーチが直接会いに行き、試合に出れば分析レポートを送り続け、ローン先を見つける時もオファーの中から彼のプレースタイルに適したクラブを選び相談していたことを、ナレティリッチは知っているからだ。

Mario Pasalic reminded Chelsea’s scouts of Michael Ballack when they first went to watch the 18-year-old Croatian midfielder play for Hajduk Split in the 2013-2014 season, and that summer they paid £3 million for him, an offer too good for his club to resist.

 英国のクロアチア人に対する就労制限継続によりキャリアに難渋したパシャリッチにとって、チェルシーと契約後初めてシーズンをまたいで在籍することになったクラブがアタランタだ。種々の巡り合わせでチェルシーでプレーすることは叶わなかったが、やっと安住の地を見つけられたことは素直に嬉しい。最終的に、双方にとって良い別れとなったのではないか。

 代表にとって、モドリッチは衰えラキティッチはバルサの混沌に飲まれる中で、アタランタの台頭はそのままパシャリッチの台頭と同義だ。ここからのパシャリッチのキャリアにぜひ期待したい。

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